ものすごくお久しぶりです。鷹足です。もはや技術系どころか更新思いっきり止まってましたが、書くことができたのでちょっとだけ投稿。
著作権法改正案で、閣法に議員立法をくっつける形で違法ダウンロードに刑事罰を科すというこわ~いものが、民自公3党により衆議院を通過しました。あと少しで成人になり、選挙権を持つことになるぼくとしてはちょっと黙っていられなくて、とりあえずわが選挙区選出の参議院議員諸氏にメールを送ることにしました。送ったものの概要を、ここにも書いておこうと思います。もしここを見た人の中で、内容を見て同意してくださる人がいたら、まあコピペでも何でもして、(できればそれぞれアレンジを加えたうえで)地元の議員さんに送ってみてはいかがでしょうか。また、誤りや議論などあったらコメントに書いていただけるとありがたいです。
では、以下メールの概略。
今回、既に違法化されている「違法にアップロードされた著作物を情を知りつつダウンロードすること」(以下、違法ダウンロード)に刑事罰を科す著作権法改正案が衆議院を通過し、参議院に送付されることを知りましたので、これについて意見を申し上げたいと思います。
まず、法的観点から見て、この法案のうち違法ダウンロードに刑事罰を科す部分には以下の問題・疑義があります。
1.憲法において保障されている基本的人権との抵触
我が国においては、憲法によって欧米諸国と比較しても遜色のないかなり充実した人権保障が行われており、これこそが現在の日本の発展と国際的地位の向上を推進してきたということについては言うまでもないことと思います。人権の保障により国民の福祉を増進するという憲法の精神、および(主に)戦前の我が国の歴史にてらして、国家によってこれらの人権が踏みにじられることはあってはなりません。しかるに、この法案では新たな刑事罰の立法がなされようとしています。それも、2年以下の懲役または200万円以下の罰金という決して軽くない罰則です。刑事罰において人権侵害が起こりやすいのは周知の事実であり、導入前には慎重な検討が必要です。
さて、憲法21条には表現の自由が定められていますが、この法案はそれに抵触する恐れがあります。表現の自由は表現する側の自由はもちろんのこと表現を享受する側、コンテンツを視聴する側の自由をも含むものという解釈が現在では一般的です。なぜならば、たとえ自由に情報を発信できたとしてもそれを受け取る側が規制されてしまえば、事実上その表現はなかったも同然ということになってしまうからです。つまり、表現する自由とそれにアクセスする自由は表裏一体をなす存在といえます。この法案では、受け取る側の規制を強く打ち出していることが問題です。後述する構成要件該当性の判断が行為の時点において困難であることと考え合わせると国民全体の情報に対するアクセスの萎縮を招き、これにより表現の自由を実質的に損なう可能性が高いものと考えられます。
次に、通信の自由及びプライバシー権に関する懸念があります。通信の自由は憲法第22条2項後段に明文規定がありますし、プライバシーに対する意識は現代では相当に高い水準にあり、国民の権利意識も高まっていますから、立法活動上尊重に値する価値であるということには争いがないものと考えます。さて、この法案で規制される行為は「ダウンロード」であり、合法なものも含めて考えると、それ自体は膨大なデータがやり取りされている情報化社会においては日常的に行われています。このうち違法なものを捜査し摘発するということになれば通信を監視することが不可欠になります。捜査機関が通信を見張るということは、国家が私的通信にまで日常的に入り込んで介入するということであり、通信の自由にてらして断じて許されないことです。
また、摘発後には裁判が行われなければならず、その手続きにおいて違法ダウンロードを行ったとされる端末は重要な証拠となることから、警察により押収される運用が定着するものと予想されますが、現代において情報端末(パソコン・携帯電話など)は個人情報の塊と化しており、押収された機器を分析する過程で捜査機関には被疑者の個人情報が筒抜けとなります。これはプライバシー権の侵害以外の何物でもありません。
2.運用上の問題
構成要件該当性の判断が困難である、いいかえると規範に直面するか否かが不明確であるという問題があります。罰則は「禁令があり、それが悪いことだと知っているのにあえてその行為をした」ということに対する社会的非難があって初めて許容されます(刑法における責任主義)。しかしながら、今回の罰則の構成要件は「ダウンロード」であり、これは本人の意に反して、または知らずに行われることも十分考えられることです。だからこそ、昨今はコンピュータウイルスが社会的問題となるのです。このような性質を持つ行為を規制する際に、誰が被疑者について「規範に直面した」などと言い切れるでしょうか?
そのようなことを証明できる人はまずいないし、また証拠も残ることはないでしょう。そのような背景のもとでは、国民はいつ犯罪者扱いされるかわからないので情報の取得自体に消極的になり、国全体の情報通信・文化が萎縮してしまいます。
また、この罰則は冤罪や恣意的な適用を生みやすいものとなることが予想されます。前述したように、事実上証拠は被疑者の情報端末に残るデータだけです。データというものは書類等と違い誰がその端末に書き込んでもその違いを判別することはできません。したがって、他人に濡れ衣を着せることが簡単にできてしまいます。また、警察にとっても別件逮捕などの手法として活用することが容易です。とりあえず逮捕して、その人の端末にデータを数件書き込めばいいのです。このようなシナリオは十分に実行可能ですし、検事により証拠が捏造されるような情勢では警察がこれを実行に移さないとはだれにも言いきれません。
続いて、政治的な側面から見た問題点を挙げたいと思います。
1.効果への疑義
今回の罰則の政策的目標は音楽・映像産業が違法ダウンロードに圧されて衰退するのを防ぐことにあるといわれています。しかしながら、この効果がどれほどあらわれるのか極めて疑問です。まず、そもそも「音楽・映像業界」の衰退は違法ダウンロードの跳梁以外にも多くの要因があります。むしろ、それらの方が大きなウェイトを占めるものと私は考えます。それは、第一に娯楽の多様化です。インターネット上には無償で合法的に使用できるコミュニケーションツールやサービス、ソフトウェア、コンテンツがあふれています。音楽や映像でさえ、品質の高い独自作品がより緩やかな著作権に関する考え方(コピーレフト)のもとに配布されるようになっているのです。これらへ消費者の時間が流れた分だけ商用コンテンツの売り上げが低下するのは当然のことです。第二に業界の既存ビジネスモデルへの固執・硬直化があげられます。JASRACの独占禁止法問題、私的録画補償金問題への業界の対応などからうかがわれるとおり、現在の音楽・映像業界は既存のCDやDVDを売り上げて収益を得、些細な利用にも目をとがらせて利用料を得るという旧来のビジネスモデルに固執しています。これと相容れない媒体は消費者の利便を無視して業界から締め出すという立場を国内の業界は取ってきました。若者をはじめとするネットユーザーがJASRACを「カスラック」と呼び、アメリカの自由競争によって鍛えられたアップル社が音楽配信において圧倒的売り上げを誇るのはこうした時代錯誤な考え方の結果です。
音楽業界は自分で自分の首をじわじわと絞めてきたのです。そして今、国民の権利を制約し、ますます消費者の利便を犠牲にしようとしています。このような措置で売り上げが上がるとは、私には到底思えません。
2.諸外国との比較上の疑義
先述したアメリカ合衆国のアップル社は、運営するiTunes Music Storeにおいて多数の楽曲をより高音質、かつ技術的な著作権保護のない形式に移行しました。そして当該サービスは成功を収めています。このように、より自由な情報の流れがビジネスに利潤をもたらした例はほかにも数多くあります。
また、オランダおよびスイスにおいては同様の施策に対して議会が明確に否定の意思を示しており、世界的に見ても我が国ほど消費者の権利を無視した立法がなされている国はそうありません。
3.立法プロセスの問題
今回の罰則規定は、そもそも内閣提出法案として衆議院に提出された時点では存在していませんでした。衆議院の委員会審議を通過した後で議員による修正として発議され、そのまま本会議で可決されたものなのです。国民の行動を広範に、かつ強力に制約するであろう法案にもかかわらず委員会による専門的審議も、また当事者のヒアリングもこの部分に関しては事実上行われていないのです。これでは議論が十分に尽くされたとは言えず、民主主義の最重要かつ基本的な要素である討論が蔑ろにされています。このような状態で可決された法案で刑罰規定を新設する先例ができてしまえば、将来的に国民の権利保護は危ういものと言わざるを得ません。
最後に、情報の性質から導かれる問題点を述べたいと思います。
インターネット空間は本質的に情報の流れがオープンであり、これは表現の自由をはじめとする諸自由権に密接に関連するものです。この流れは情報化社会の到来とともに広く社会を覆い、新たなビジネスや利潤、人類全体を利する福祉を生んできました。すなわち、情報の自由な流通は人類全体にとって必要なものであり、これを維持することこそが憲法も重視する公共の福祉に適合するのです。今回の罰則規定はこうした情報やインターネットの性質、ひいては憲法の精神にそぐわないものです。
著作者の権利が重要であること、その侵害が行われるべきでないことは私もよく理解しています。しかしながら、その重要な必要性を考慮したとしても、上記のような危険がある以上この罰則付与という方法は許容されないと私は考えます。
参議院では慎重なる審議が行われ、妥当な結論を導いていただけるようお願い申し上げます。
ようこそ。
鷹足です。このブログでは、学校でのことやコンピュータ関係のことを書くと思いますが、どうぞよろしくお願いします。
2010年7月5日月曜日
明日もテストだけどまあいいや
今日、弟がぼくに苦情を持ち込んできました。「学校のホームページが(携帯から)見られない」。「そんなこと知らないから。フィルタリングを義務づけた総務省と国会に文句言ってよ」と言いつつも調べてあげると弟はブラックリスト方式のフィルタリングに入っていました。(これじゃ見られるわけないな。)ちなみに、その規制は主に小学生向けだそうです。「さすがにこれはないわ。」ということになって、わが家では規制緩和されることになりました。
ちなみに、ぼくはブラックリスト方式なんですが、ネットスター か au の怠慢(?)により一般的なPC向けサイトはほとんど問答無用ではじかれます。総務省だろうとauだろうとWikipediaだろうとはじかれます。これはないでしょう。インターネット上に満ちあふれる有害情報を目に触れる前に止めてくれるのはありがたいことです。また、青少年ネット規制法(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律)によってそれをすることは通信事業者の義務になりました。それはいいのですが、PCサイトが遮断されるこの状況を見ると、(情報の伝達が、青少年保護という名目の下、法によって阻止されているという構図が頭に浮かんで)逆に安心できません。しっかり一般サイトもブラックリストを作るなり、作っているところと提携するなりしてブラックじゃないサイトについては見られるようにすべきです。このメリット・デメリットが明らかにアンバランスな状況が続けば、みんな利便性と安全性を秤にかけて利便性をとり、せっかく法律で義務づけた施策が有名無実化してしまうでしょう。
ああ、もう。明日難しい科目3科目テストだって言うのについ書いちゃうんだよなぁ。…さっさと勉強の続きをやろうっと。
ちなみに、ぼくはブラックリスト方式なんですが、ネットスター か au の怠慢(?)により一般的なPC向けサイトはほとんど問答無用ではじかれます。総務省だろうとauだろうとWikipediaだろうとはじかれます。これはないでしょう。インターネット上に満ちあふれる有害情報を目に触れる前に止めてくれるのはありがたいことです。また、青少年ネット規制法(青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律)によってそれをすることは通信事業者の義務になりました。それはいいのですが、PCサイトが遮断されるこの状況を見ると、(情報の伝達が、青少年保護という名目の下、法によって阻止されているという構図が頭に浮かんで)逆に安心できません。しっかり一般サイトもブラックリストを作るなり、作っているところと提携するなりしてブラックじゃないサイトについては見られるようにすべきです。このメリット・デメリットが明らかにアンバランスな状況が続けば、みんな利便性と安全性を秤にかけて利便性をとり、せっかく法律で義務づけた施策が有名無実化してしまうでしょう。
ああ、もう。明日難しい科目3科目テストだって言うのについ書いちゃうんだよなぁ。…さっさと勉強の続きをやろうっと。
2010年5月24日月曜日
最近「政治」の記事が多いなあ
今日の読売新聞の社説に児童ポルノと通信規制の話がありましたが、やはり読売新聞はメディアとしての見識が疑われることを言っていますね。
「通信と放送が融合する状況においては、放送と同様に通信も規制の下におかれるべき場合もあるだろう」
「全ての通信事業者へブロッキングを義務づけるには新たな法整備も必要になるだろう」
とかそんなことを言っていましたが、(2010年5月24日、読売新聞社説で)やはりこれには疑問を抱かざるを得ません。
たしかに、そうした画像等はきわめて重要な問題です。被害に遭っている人の人権が侵害されていることはもちろんですし、そうした被害が長く続きかねない点も深刻です。従ってあの都条例案とは問題の所在が違います。
しかし、通信の自由の確保が民主主義国家たる最低限の条件のひとつであることを否定する人はいないはずです。例を出すならば、中国の言論弾圧としてのブロッキングだって、こうした情報の規制を大義名分のひとつにしています。「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」(Wikipediaでの解説)という詩を知っている人も多いでしょう。今日読売新聞の記者が行うべきだと言ったことはまさにこの詩の始めの段階なのです。メディアにとってはまさしく自殺行為です。
児童ポルノが残酷で甚大な被害を及ぼしうるものであり、 規制対象となることは当然です。ただ、こういったことは規制対象がみるみる拡大する可能性があります。ですから、もしフィルタリングやブロッキングを実施するというならばその制度はしっかり一般市民が監督できる状態の下におかねばなりません。だれがどのような基準でどのような手続きを持ってブロック対象を決めるのか、しっかり注視し、問題があれば改善を求める必要があります。また、その指定に対する(サイト管理者や利用者による)異議申し立ての手続きや、それに対する審議を裁判並みの公正さと公開性でもって保障する必要があるとぼくは思います。
「通信と放送が融合する状況においては、放送と同様に通信も規制の下におかれるべき場合もあるだろう」
「全ての通信事業者へブロッキングを義務づけるには新たな法整備も必要になるだろう」
とかそんなことを言っていましたが、(2010年5月24日、読売新聞社説で)やはりこれには疑問を抱かざるを得ません。
たしかに、そうした画像等はきわめて重要な問題です。被害に遭っている人の人権が侵害されていることはもちろんですし、そうした被害が長く続きかねない点も深刻です。従ってあの都条例案とは問題の所在が違います。
しかし、通信の自由の確保が民主主義国家たる最低限の条件のひとつであることを否定する人はいないはずです。例を出すならば、中国の言論弾圧としてのブロッキングだって、こうした情報の規制を大義名分のひとつにしています。「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」(Wikipediaでの解説)という詩を知っている人も多いでしょう。今日読売新聞の記者が行うべきだと言ったことはまさにこの詩の始めの段階なのです。メディアにとってはまさしく自殺行為です。
児童ポルノが残酷で甚大な被害を及ぼしうるものであり、 規制対象となることは当然です。ただ、こういったことは規制対象がみるみる拡大する可能性があります。ですから、もしフィルタリングやブロッキングを実施するというならばその制度はしっかり一般市民が監督できる状態の下におかねばなりません。だれがどのような基準でどのような手続きを持ってブロック対象を決めるのか、しっかり注視し、問題があれば改善を求める必要があります。また、その指定に対する(サイト管理者や利用者による)異議申し立ての手続きや、それに対する審議を裁判並みの公正さと公開性でもって保障する必要があるとぼくは思います。
2010年5月19日水曜日
何も変わらないJASRAC
以下に挙げるのはJASRAC固有の問題というわけではないが、著作権に関する問題の多くはJASRACに関わるものでもある。
私的録音補償の使い道はどうなっているのか。本当に適正な配分が出来ているのか。使用料を支払ったコンテンツを録音するにあたって補償金も支払わねばならない事はおかしいのではないか。
著作権の制限について、利用者と権利者の間に意見の相違があることを無視している。すなわち、利用者は、著作物の私的利用における制限を法が積極的に私的利用権を認めているものとして捉える人が多いのに対して、著作権者は取り締まりが難しいから仕方なく除外しているというスタンスである。この違いがある限りフェアユースも私的録音補償金問題も進展はあり得ない。なぜならフェアユースは明らかに、ある条件の下に著作物の利用を積極的に認める規定だからである。だから利用者は制定を望むし、JASRAC等は反対する。また私的録音補償でも同様である。利用者は私的利用を権利だと思うから二重払いに抵抗を覚えるし、著作権者は著作権法の例外をなるべくふさぎたいからコピー毎にお金の徴収をすることを当然だと考える。
JASRACの経営方針にも疑問を覚える。まるで自分一人が著作者の代弁者だというような顔をしていて、まだ法によって保護され著作権による利潤を独占していた公益法人時代の傲りが抜けていない。JASRACが嫌いなクリエイターだっているし、(音楽ではないが)著作権に頼らずビジネスで収益を上げる事例だってある。そうした時代の流れを理解せず、旧来の手法を拡張する程度の改革をしていては、著作権管理はだめになってしまう。それは文化の衰退につながる。
JASRAC固有の問題についていくつか挙げましょう。
まずホームページ。トップページの中央、Topics という部分。著作権法違反による逮捕・有罪判決のニュースが載っている。トップページにこんなもの載せてどうするのか。ようするに一般の利用者を脅しているわけだが、脅されている側としては不愉快きわまりない。著作権者の利益を侵害し音楽の文化の発展を阻害する悪人はインターネット利用者の一部に過ぎないと言うことを忘れているのではないか。第一、JASRACのページを見ていると言うことは何かの申請や著作権の情報を見に来た人であるはずなのに、そういう意識の高い人を脅す意味があるのか。
続いてWebアプリケーション。
「※当サービスをご利用いただく際は、WindowsXP/Vista上の Internet Explorer5.5-7.0をご利用いただきますようお願いします。」J-OPUS ログインページより。
このWebページの利用環境の設定は最低。OSやブラウザをWindows・IEに限定することで、こうしたソフトウェアの自由競争を阻害している。どちらも、少なくともオープンソース陣営の製品などを1つずつ位はサポートすべき。
探せばまだまだたくさんあるでしょうが、そんなもの羅列してもしょうがないので今日はこの辺で。
私的録音補償の使い道はどうなっているのか。本当に適正な配分が出来ているのか。使用料を支払ったコンテンツを録音するにあたって補償金も支払わねばならない事はおかしいのではないか。
著作権の制限について、利用者と権利者の間に意見の相違があることを無視している。すなわち、利用者は、著作物の私的利用における制限を法が積極的に私的利用権を認めているものとして捉える人が多いのに対して、著作権者は取り締まりが難しいから仕方なく除外しているというスタンスである。この違いがある限りフェアユースも私的録音補償金問題も進展はあり得ない。なぜならフェアユースは明らかに、ある条件の下に著作物の利用を積極的に認める規定だからである。だから利用者は制定を望むし、JASRAC等は反対する。また私的録音補償でも同様である。利用者は私的利用を権利だと思うから二重払いに抵抗を覚えるし、著作権者は著作権法の例外をなるべくふさぎたいからコピー毎にお金の徴収をすることを当然だと考える。
JASRACの経営方針にも疑問を覚える。まるで自分一人が著作者の代弁者だというような顔をしていて、まだ法によって保護され著作権による利潤を独占していた公益法人時代の傲りが抜けていない。JASRACが嫌いなクリエイターだっているし、(音楽ではないが)著作権に頼らずビジネスで収益を上げる事例だってある。そうした時代の流れを理解せず、旧来の手法を拡張する程度の改革をしていては、著作権管理はだめになってしまう。それは文化の衰退につながる。
JASRAC固有の問題についていくつか挙げましょう。
まずホームページ。トップページの中央、Topics という部分。著作権法違反による逮捕・有罪判決のニュースが載っている。トップページにこんなもの載せてどうするのか。ようするに一般の利用者を脅しているわけだが、脅されている側としては不愉快きわまりない。著作権者の利益を侵害し音楽の文化の発展を阻害する悪人はインターネット利用者の一部に過ぎないと言うことを忘れているのではないか。第一、JASRACのページを見ていると言うことは何かの申請や著作権の情報を見に来た人であるはずなのに、そういう意識の高い人を脅す意味があるのか。
続いてWebアプリケーション。
「※当サービスをご利用いただく際は、WindowsXP/Vista上の Internet Explorer5.5-7.0をご利用いただきますようお願いします。」J-OPUS ログインページより。
このWebページの利用環境の設定は最低。OSやブラウザをWindows・IEに限定することで、こうしたソフトウェアの自由競争を阻害している。どちらも、少なくともオープンソース陣営の製品などを1つずつ位はサポートすべき。
探せばまだまだたくさんあるでしょうが、そんなもの羅列してもしょうがないので今日はこの辺で。
まだ消えてなかったのか、あの条例案
例の漫画・アニメを対象に含む、「性的な表現の規制」に見せかけた言論規制案について、都議会で参考人招致が行われたようですね。参考人は賛成と反対、二人ずつ。構成は社会学教授、弁護士(以上反対派)、医師、刑法学教授(以上賛成派)。医師は青少年の性などについて意識の乱れを指摘していたようですが、例によって科学的根拠が指摘されたわけではなさそう。法律に見識のある人は三人中二人が反対。
この条例案は、今までの都政における数々の失政の中でも最大級の物といえると思います。文化の発展と最も基本的な人権の保護に極めて大きな害をなす今回の規制案は、都の税金を無駄遣いするといったことよりもよほど深刻ではないでしょうか。
この手の規制を実行するには少なくとも以下の条件が必要であると考えます。
1.漫画・アニメ等の性描写が性犯罪の増加に繋がるという客観的かつ科学的根拠が議論の余地がないくらいに一般に承認されること。
2.規制によって性犯罪が減少することが(客観的かつ科学的根拠のもと)絶対に確実であること。
3.規制範囲(どのような表現をどのような人に対してどのような方法で規制するのか)の厳格な制限とその範囲の決定の根拠の開示。
4.制限する作品を決定する会議の構成員が幅広い年齢・見識の人から選ばれること、会議が公開であること、および作者の方がコメントや意見を提出する機会を保証する規定。
5.短期間(数年)ごとに抑止効果の有無の検証と制度の見直しをするという規定。
この条例案は、今までの都政における数々の失政の中でも最大級の物といえると思います。文化の発展と最も基本的な人権の保護に極めて大きな害をなす今回の規制案は、都の税金を無駄遣いするといったことよりもよほど深刻ではないでしょうか。
この手の規制を実行するには少なくとも以下の条件が必要であると考えます。
1.漫画・アニメ等の性描写が性犯罪の増加に繋がるという客観的かつ科学的根拠が議論の余地がないくらいに一般に承認されること。
2.規制によって性犯罪が減少することが(客観的かつ科学的根拠のもと)絶対に確実であること。
3.規制範囲(どのような表現をどのような人に対してどのような方法で規制するのか)の厳格な制限とその範囲の決定の根拠の開示。
4.制限する作品を決定する会議の構成員が幅広い年齢・見識の人から選ばれること、会議が公開であること、および作者の方がコメントや意見を提出する機会を保証する規定。
5.短期間(数年)ごとに抑止効果の有無の検証と制度の見直しをするという規定。
2010年3月17日水曜日
2010年3月16日火曜日
さて、久しぶりに書こうと思ったのが政治関係でした。
新聞読んでて気になる記事があったので。政治キライだから見たくもない、とか、なんだこの意見ふざけるなと思った方は読み飛ばして次の記事へどうぞ。ラベルに政治とついてないものはだいたい純粋に技術的な記事やソフト紹介です。
さて、このたび東京都で漫画などへの規制条例案が出されています。未成年への有害な影響を防ぐため、特に社会的に見て有害な作品(架空の人物、すなわち漫画・アニメを含む)を18歳未満に売らないよう義務化するというものです。指定は第三者から構成する審議会のようなものが指定するそうです。
これ、問題多すぎですよ。
まず、1点目。規制しようとしているものって本当に有害なんですか。確か朝日新聞の記事に、
次、2つめ。 規制する意味あるんですか。現代のインターネット社会で、情報を規制するのがどんなに困難なことか。たとえば、有害図書をスキャンした人がそれをネットで販売もしくは流出させたら?都は防げるんでしょうか。そうまでしてそうした有害なものを追いかけていく人の方が、社会の害になる可能性が高いのではないかと思うのです。それなのに、規制するのは書店などの方です。余計インターネットを使う方に流れるのではないですか。これでは流通経路が変わっただけです。技術的に言えば、インターネットを使う流通は、配信した者も、された者も現実的に追跡不能です。まず、大半の場合において、IPアドレスから個人名の判定が出来ません。次に、グローバルIPアドレスはほとんど割当制であり、接続するたびに変わる可能性があります。また、配信を受けようとする人がオープンプロキシを経由させれば、配信元サーバー側のログを押収できたとしても使い物になりません。配信元のサーバーやオープンプロキシが外国にあれば、捜査などの対象にもしにくい。インターネット上での(ある程度の)匿名性は、プロバイダー選びやプロキシを多段経由する程度のことで簡単に確保できてしまいます。こうした状況で、ああいった内容の規制に意味があるのか、ということです。そんなことをしている時間とお金があったら、保健体育の時間や、ITリテラシーとかの教育を拡張した方が効果大だと思います。
そして3つめ。有害とは何か、ということです。まず、有害というものの範囲を誰が決めるのか。第三者委員会が「これは有害だ」といったら、それは有害なのか。人間が判断する以上、間違いは必ずあります。また、第三者とはいっても、必然的にある年齢層に偏りますね。高校生や、若者が第三者として指定に参画できるのか。そんなことはまずあり得ないわけです。少なくとも指定に直接影響することはないでしょう。つまり、価値観の偏りは避けられません。その偏った価値観でなされる「有害」という判断を私たちは押しつけられるわけです。
4つめ。文化への影響がはかりしれません。漫画家の方々が反対会見を開きましたが、これもごく当然のことです。日本の文化の強みは、やはり言論の自由が保障されているということから生み出されるものです。漫画やアニメも世界で注目される文化の一つとなっている状況で、それらを萎縮させ、日本文化の世界における重要な位置を貶める規制を通すべきではありません。石原都知事は文化を作り出してきた表現者の一人であるはずなのに、どうしてそれが分からないんでしょう。
要するに、ぼくらが健全な環境に生きていけるような政治が行われることに異存はありません。とてもありがたいことです。しかし、それ以上に大きなマイナス面が多すぎます。先人の絶え間ない苦労によって近代に初めて認められた「表現の自由」という素晴らしい権利を公権力が奪う今回のような規制は許されません。その上実行力に乏しく、文化に悪影響が大きいこの案、是非とも否決して、地方自治の人権擁護の姿勢を見せてほしいものです。
さて、このたび東京都で漫画などへの規制条例案が出されています。未成年への有害な影響を防ぐため、特に社会的に見て有害な作品(架空の人物、すなわち漫画・アニメを含む)を18歳未満に売らないよう義務化するというものです。指定は第三者から構成する審議会のようなものが指定するそうです。
これ、問題多すぎですよ。
まず、1点目。規制しようとしているものって本当に有害なんですか。確か朝日新聞の記事に、
反規制論者は、夜に未成年の女子学生が大人に寄りつく姿を見ればいいといったような誰かの意見が出てましたが、それ、本当に売ってる漫画のせいですか?インターネットで流通してるものやなにやら怪しげな店で売ってるものじゃなく、本当に書店を通して流通する漫画やアニメのせいなんですか?たしかに、そうした作品を若いうちに見たら、有害かも知れない。でも、それと規制とは別問題です。「そうかもしれない」程度で言論の自由の規制が許されるんでしょうか。民主的な地方自治の規範たるべき都政でそんなこと許して良いんでしょうか。疑問形が多いですね。 言い切りましょう。社会に害になる「かもしれない」から規制するというのは、民主政治の崩壊の始まりです。次には対象が思想全般に広がり、成年にも広がり、そうやって自由はだんだん死んでいきます。内閣府の調査で調査対象の大半の人が規制を支持した。だからなんだというんですか。ナチスだって当時国民の支持を受けてましたよ、そんなこと言ったら。端的にまとめるとこういう事です。この規制案が成立したら、それは「表現の自由」という基本的人権を侵害します。
次、2つめ。 規制する意味あるんですか。現代のインターネット社会で、情報を規制するのがどんなに困難なことか。たとえば、有害図書をスキャンした人がそれをネットで販売もしくは流出させたら?都は防げるんでしょうか。そうまでしてそうした有害なものを追いかけていく人の方が、社会の害になる可能性が高いのではないかと思うのです。それなのに、規制するのは書店などの方です。余計インターネットを使う方に流れるのではないですか。これでは流通経路が変わっただけです。技術的に言えば、インターネットを使う流通は、配信した者も、された者も現実的に追跡不能です。まず、大半の場合において、IPアドレスから個人名の判定が出来ません。次に、グローバルIPアドレスはほとんど割当制であり、接続するたびに変わる可能性があります。また、配信を受けようとする人がオープンプロキシを経由させれば、配信元サーバー側のログを押収できたとしても使い物になりません。配信元のサーバーやオープンプロキシが外国にあれば、捜査などの対象にもしにくい。インターネット上での(ある程度の)匿名性は、プロバイダー選びやプロキシを多段経由する程度のことで簡単に確保できてしまいます。こうした状況で、ああいった内容の規制に意味があるのか、ということです。そんなことをしている時間とお金があったら、保健体育の時間や、ITリテラシーとかの教育を拡張した方が効果大だと思います。
そして3つめ。有害とは何か、ということです。まず、有害というものの範囲を誰が決めるのか。第三者委員会が「これは有害だ」といったら、それは有害なのか。人間が判断する以上、間違いは必ずあります。また、第三者とはいっても、必然的にある年齢層に偏りますね。高校生や、若者が第三者として指定に参画できるのか。そんなことはまずあり得ないわけです。少なくとも指定に直接影響することはないでしょう。つまり、価値観の偏りは避けられません。その偏った価値観でなされる「有害」という判断を私たちは押しつけられるわけです。
4つめ。文化への影響がはかりしれません。漫画家の方々が反対会見を開きましたが、これもごく当然のことです。日本の文化の強みは、やはり言論の自由が保障されているということから生み出されるものです。漫画やアニメも世界で注目される文化の一つとなっている状況で、それらを萎縮させ、日本文化の世界における重要な位置を貶める規制を通すべきではありません。石原都知事は文化を作り出してきた表現者の一人であるはずなのに、どうしてそれが分からないんでしょう。
要するに、ぼくらが健全な環境に生きていけるような政治が行われることに異存はありません。とてもありがたいことです。しかし、それ以上に大きなマイナス面が多すぎます。先人の絶え間ない苦労によって近代に初めて認められた「表現の自由」という素晴らしい権利を公権力が奪う今回のような規制は許されません。その上実行力に乏しく、文化に悪影響が大きいこの案、是非とも否決して、地方自治の人権擁護の姿勢を見せてほしいものです。
2010年1月20日水曜日
何だかなぁ
ぼくの携帯電話はauで、フィルタリングの「EZ安心アクセスサービス特定カテゴリ制限サービス」を適用してるんですが、パソコン向けのサイトを例外なくブロックするんですよね。
今日、ちょっととある国のことを検索したら、外務省のサイトにあるページがヒットしたんですよ。そうしたら、まさかのアクセスエラーが出て、ブロックされてしまったわけです。
たしか東京都などが、フィルタリングを勧めるキャンペーンをやってたような気がしますが、これじゃあはっきり言って普及しなくて当然じゃないかと思いますね。PCのサイトの中にも有用かつ無害なサイトが無数にあるんですから(例を挙げれば政府、公的機関、一般に知名度のある会社や団体のサイト・公式ブログなど)、PCサイトもホワイトリスト方式にすべきじゃないですかね。出来れば個人サイトだって有害情報がなければアクセス可能にすべきです。勿論お金や手間はかかるでしょうが、こんなに使い勝手が悪いままでは使用率あがりませんよ。
今日、ちょっととある国のことを検索したら、外務省のサイトにあるページがヒットしたんですよ。そうしたら、まさかのアクセスエラーが出て、ブロックされてしまったわけです。
たしか東京都などが、フィルタリングを勧めるキャンペーンをやってたような気がしますが、これじゃあはっきり言って普及しなくて当然じゃないかと思いますね。PCのサイトの中にも有用かつ無害なサイトが無数にあるんですから(例を挙げれば政府、公的機関、一般に知名度のある会社や団体のサイト・公式ブログなど)、PCサイトもホワイトリスト方式にすべきじゃないですかね。出来れば個人サイトだって有害情報がなければアクセス可能にすべきです。勿論お金や手間はかかるでしょうが、こんなに使い勝手が悪いままでは使用率あがりませんよ。
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